心と身体

外傷体験による二次被害を起こさないための考察

これまでの人生で、幾度となく二次被害を経験してきた。
もう二度と自分も相手も傷つかないために、自分の何が悪かったのか、相手のどこが悪かったのか客観的に振り返っておきたい。何処かの誰かの参考になれば、たいへん嬉しい。

そもそも二次被害はなぜ起こるのか

二次被害が起こる原因は様々あるとは思うけれど、私の場合はたいてい「過去の関係をなぞってしまう」ところにあると思う。
気をつけていても、無意識のうちに「被害ー加害の関係」を簡単につくってしまうようだ。

そしてもうひとつ。
たとえお医者さんであったとしても「支配ー被支配の関係」が簡単にできあがってしまうことが多かった。
この原因は、最近ようやくわかった。
勝手に顔色を読んで自分の気持ちを飲み込んでしまうから。

原因がわかったとしても簡単には変われないんだけど、意識づけていくことで行動を変えたい。

二次被害が起こるのは自分だけが原因じゃない

これは声を大にして言いたいのだけれども、私は安心安全な人間関係を持つこともできている。

長年支援を受けている支援者ー利用者の関係においては、一度も被害ー加害の関係に陥ったことがない。
つまり安心安全な人間関係を構築することもできているのである。

自分を正当化するわけでは決してないが、二次被害が起こるのは複数の要素が絡み合って起こることを強調しておきたい。
自分なりに思いつく点をあげてみる。

治療者ー患者のパワーが対等じゃなくなったとき

2019年夏に起きた出来事を紹介する。
治療関係や支援関係において、治療者や支援者は力を持っている存在だ。
そんなことは考えなくてもわかる。

その状況そのものを親子関係に当てはめるとわかりやすくなるだろうか。
治療者or支援者からの相談や提案がなく、一方的に何かを決めて守らせることはこれまで受けてきた虐待と同じ状況である。

その時は何故だかわからなかったが、今ならわかる。

私はこの状況に過剰に反応する。
全力で抵抗したくなるのだ。

ここでの抵抗をトラウマの影響ではなくいわゆる問題行動だと考える治療者にあたるとそこでの治療は終わる。私たちはもう二度とそんな治療者を信用しない。

なんでもかんでも受け入れてくれと言ってるわけじゃない。

なぜいつも言葉の裏側を読んできたくせにこの時はこちらの言葉をそのまま受け取ったのだとめちゃくちゃ思う。めちゃくちゃ思う。めちゃくちゃ思う。

治療者や支援者の知識不足

最近はトラウマに対する理解者も増えてきたと思う。
2008年頃はそもそも今ほど情報もなかった。

実際にトラウマ治療に繋がった2012年頃でも通院してたお医者さんは理解がなかったし、「トラウマ治療なんかしても意味ないやろ」とか言われてた。笑

そんな中でトラウマに力を入れている大学の心理センターに繋いでもらえたことは本当にたまたま運が良かっただけだ。

だけど知識不足が悪いわけじゃない。
普通に生きてたら、トラウマの影響なんて知っているわけがない。
だから患者側からも積極的に
「こういう時はこうしてほしい」
「こういう状況に遭遇するとこういう風になる」
というようなことを発信していかないといけないんだと思う。

二次被害が起きていることに気づく

二次被害が起きていることに気づくことも大切なことだと思う。
気づくことができれば、話し合うことができる。
気づけないから傷つけ合ってしまう。

そして起きてしまった時に話し合える関係性をつくっておくこと。
これも1人ではできない。
トラウマ治療とは、治療者と患者の共同作業なんだと改めて思う。

たとえ痛いところを突かれても、決して患者に逆ギレなどはしないでほしい。

イラっときたポイント
きっとそこに未消化のトラウマがあるはずだ。なんつって。

二次被害を起こさない自分になるために

とはいえ、自分に原因がある部分もある。勝手に相手の顔色を読んで怒っているだとか怒っていないだとか、たいていその読みは当たっていたりもするけれど相手から出てきた言葉を信じれば良い。

不安なこと、心配なことは随時きちんと確認すること。

何事も1人で溜め込まないこと。

フラッシュバックだと認識できたら、とっとと1人になって落ち着くこと。

数え上げればキリがないくらい、自分でできる対処法も身についてきた。

外傷体験に遭ってしまったことは、本当に不遇だったと思う。
だけど、自分自身も変わっていかないといけない。

「なんで自分が?」
めちゃくちゃ思う。

「〇〇さえなかったら」
めちゃくちゃ思う。

だけど
起きてしまった事実は変えられない。

それに
あれ以上の地獄はきっと
もう二度とない。

だからこそ
今をどう生きるかで
過去をも変えることができる。

トラウマが今もあらゆるところに影響を及ぼしているのは紛れも無い事実だ。

だけれども
失ったものではなく、
新たなつながりに目を向けていきたいと思った。

最後は主治医の言葉で締めくくりたい。
相手を傷つけてしまったと悩んでいた自分に対してかけてくれた言葉だ。

「相手のカサブタを剥がしてあげることができて良かったんじゃないですか?(ニコッ)」

控えめに言って、惚れる。(同性)