自分

企業で働く障害者が思う“働く”ということ

久しぶりの更新です。

会社に勤めて半月が経ちました。

非常に働きやすい環境で毎日が楽しいです。

最近も変わらず色々考えているのですがインプットとアウトプットの比率が悪いと頭がユデダコになるので適度にアウトプットしていきます。

寝たきりからの社会復帰

私は病気がきっかけで2012年に大学を中退しましたが、2015年から2016年にかけて寝たきりでした。
お風呂も施設で機械で入れてもらっていたし、車椅子に座っているのも数分がやっとで一日のほとんどを寝て過ごしていたんです。
毎日発狂レベルに体が痛くて医療用麻薬のモルヒネやフェントスも処方されていました。
これはもう死ぬで…と思いつつ、先の見えない苦しさで体調の良い日は安楽死ができる国をひたすらググっていました。笑

病院に行くのも大変で、診察は医師が自宅に訪問診療に来てくれ、緩和ケアの訪問看護師さんも入ってくれていました。
その私を苦しめた痛みは「線維筋痛症」というもので、もともとの原疾患があり二次性で発症したという形です。
(ちなみに原疾患は遺伝性の難病で親族と同じ病院に通院中です。今はまだ病名は伏せておきます。そのうち公表するのでちょくちょくブログのぞいてください。笑)

何が一番辛かったかというと、私は看護大学に通っていたので同期がバリバリ看護師として働いている中、自分は患者で世話される側だったということです。
自分の時間が止まった感覚に陥りました。
もう生きていたくない。頻繁にそんな気持ちになりました。
鬱々とした感情を抱き、毎日天井を見つめ、時間が過ぎるのを待っていました。

寝たきりの生活が2年続き、
2016年に電動車いすを手に入れてから私の人生は好転します。

一人で出かけられるという喜び

それまでは一人で外出できなかったので、ヘルパーさんに力を貸してもらっていました。
だけどヘルパーさんも自分の希望通りに日程の都合が合うことばかりではありません。
どうしても外出しないといけない日にヘルパーさんが取れないということもよくありました。
ただただストレスでしかなかったです。
そしてリハビリの先生と、主治医の先生と、パートナーと話し合って電動車いすを購入することにしました。
その時にパートナーとは「歩くの諦めるの?」と日夜言い合いをしていましたが結果的には購入してよかったと思います。
そして歩くのも諦めていません。
寝たきりから数年後、私は一人で散歩に行くことができました。
この時、地域の福祉センターに行ったのですが会う人みんなが喜んでくれました。

「表情が違う。いい顔してるよー!」
といろんな人に言われました。

そりゃ、絶望の中にいたわけでお風呂も他人に見られるしおトイレも他人に見られるしで自尊心は著しく低下していたので一人で出かけられたことの喜びというものは半端なかったです。

それからさらに2年が経ち企業で働くようになりました

今、2018年です。
1人で出かけられるようになってから2年が経ちました。
障害者雇用で企業で働いています。
当時の自分からは想像もつかない未来を生きています。

過去にタイムスリップして言ってあげられることがあるとするならば、
「よくがんばったね。ありがとう。あなたの未来は今のあなたのおかげでとても楽しいものになっています」
です。

私はあの時の自分に感謝しています。
辛いながらも生き抜いた。
それが本当にどれだけすごいことなのか。
人間であるということが、人間に生まれるということがどれほどの少ない確率なのか。

本当に自分、ありがとう。

まだ半月しか仕事にいっていませんが、
私は働くことの喜びを毎日ひしひしと感じています。

きっと病気になっていなかったら
自分でお金を稼ぐことがどんなにすごいことかはわかっていなかったと思います。

働くということは、社会に所属があるということ。
無所属もそれはそれで良いのですが私は社会の一員としてしっかり生きていきたいです。

次の目標は納税と社会保険加入です。
がんばってみてダメでも挑戦するのはタダなので、何度でもまた立ち上がって自分らしく暮らしていきたいです。